■
in the same vein :「同じようなやり方[調子・感じ]で」英英にはin the same style of speaking or writingとありますから、話し方とか書き方などが同じ様子だといった場合に使われることが多いと考えればいいでしょう。veinは「血管」という意味ですが、感情も流れるものということから、「気持ち」とか「気分」とか「雰囲気」のニュアンスを含むようになり、さらにそれが「話し方」や「言葉づかい」などの意味に発展していったのかもしれません。いずれにせよ、veinという語が強烈な印象を与えます。 He spoke to the professor in the same vein even after he argued with him over the problem.(その問題に関して口論をした後でも、彼は今までと同じ調子で教授に話しかけた)アメリカ留学中にこういう光景をよく目にして文化の違いを実感させられたものです。意見の相違があるのはあたりまえだ、という社会はやはり成熟した社会だと思います。一方、意見の対立が感情の対立を生むという社会はいつまでたっても未熟なままではないでしょうか。
■
be satisfied with 「~に満足している」欲望や欲求が十分に満たされているのがsatisfyです。satisfyの名詞形のsatisfactionをCambridgeで引いてみるとa pleasant feeling that you get when you receive something you wanted, or when you have done something you wanted to do と定義してありました。欲しいものが手に入ったとか、やりたいことが出来たときの満足感や喜びがsatisfactionというわけです。ということは、微妙な言い方をすれば、完璧に満足しているわけではなく、必要なことを十分満たしているので満足している、というのがsatisfactionのニュアンスと考えることもできます。たとえば、喉がからっからに渇いているときに水が手に入ったようなとき、どんな水であっても美味しいと感じるでしょう。それがsatisfactionなのだと説明してくれたALTがいました。I am satisfied with my life. (私は自分の人生に満足している) 前置詞withは「満足・不満足」といわれるwithですが、「積極性」を表すときに出てくることがありまから、「私」は人生を前向きにとらえているわけです。I was satisfied to know how happy my daughter is. (私は娘がとても幸せだと知って満足だった) この文のように不定詞がつづくこともあります。一方、contentには必ずしもhappyやsatisfactionの意味合いは含まれません。Cambridgeにはpleased with your situation and not hoping for change or improvementとあります。satisfyを積極的な満足、contentを消極的な満足、と分析していた文献もありましたが、Cambridgeにあるように、contentは変化を望まず、現状に満足していることと捉えればいいのではないでしょうか。不平を言わない程度に満足しているといったニュアンスで。She is content with very little. (彼女はごくわずかなもので満足している) ところで、この二つの成句はなぜか森鴎外の『高瀬舟』に登場する喜助と庄兵衞を思い出させます。一世紀以上も前に今まさに問題になっている自殺ほう助を作品にするなんて卓識の作家ですね、鴎外って。弟の咽喉から剃刀を抜くという凄惨な場面を坦々と描写する鴎外の筆力には不気味な怖さを覚えますが、医者でなければあんな風にハードボイルドタッチで描くなんてとてもできないと思います。一方、日々の暮らしにあくせくしている小役人(現代風にいえば地方公務員といったところ) の庄兵衞はなぜかcontentを感じさせます。
■
horrific 「恐ろしい」 Cambridgeを引くと、very bad and shockingといささか素気ない。そこでついでに、horribleを検索してみると、very unpleasant or badとこちらも負けず劣らず素気ない。もうすこし説明があってもよさそうな気がしますが、そこがこの辞書のシニカルなところで気に入っている理由のひとつでもあります。Cambridgeにもあるように、非常に不愉快で、よろしくないのがhorribleですが、I lost my glasses!. That's horrible! (なんてこった! メガネを失くしちまった) のように、日常起こるようなことに使われることが多いような気がします。これに対して、horrificは、たとえば The holocaust was a horrific tragedy.(ホロコーストはおぞましい悲劇だ) のように、ちょっとまともに目をむけらなないほど残酷で、非日常的でグロテスクなイメージがあるような気がします。Right near my home, a horrific car accident took the lives of eight people, four of them children. (家のすぐ近くでぞっとするような自動車事故が起こって8人の死者がでた。そのうちの4人は子どもだった)
■
gluttonについてCambridgeはa person who regularly eats and drinks more than is needed (いつも必要以上に食べたり飲んだりする人)と定義してありました。One of my friends, Mr. Nakahara, was a glutton. He would often eat my bento .(友だちの中原くんは、大食漢だった。彼はよくぼくの弁当まで平らげたもんさ)中原君がこのブログを読んでいないことを願っていますが、事実です。さて、 自分のことを太っている( I am fat) というのは問題ないですが、本人を前にして、太ってるね(You are fat.)というのは大変失礼なことになります。同様に、ぼくは食いしん坊なんだ (I am a glutton.) はいいですが、本人を前にしてgluttonは使わない方がいいでしょう。どうしても言いたければ、eat too muchくらいで。What a glutton – he ate a whole pizza by himself (なんという大食漢だ。彼はピザを丸々ひとりで食べてしまったよ) このようにgluttonはあまり歓迎されない、ネガティブなイメージを持っているので注意が必要な気がします。ちなみに、この文はCambridgeから引用したものですが、ここでのピザは日本のピザをイメージしないでください。さて、gluttonにはもう一つ「どんな仕打ちにも耐え抜くひと」という意味もあります。He is a glutton for punishment. は「いやな仕事を好んでするひと。どんな苦難にも耐えられるひと」といったニュアンスですが、限界まで食べたり飲んだりするのがgluttonなので、「極端なくらいまで」何かをするといったイメージがあるそうです。わたしたちは「あのひとは仕事の鬼だとか虫だ」などといったりしますが、とことん仕事するひとならa glutton for workでしょう。Are you a glutton for punishment, taking on that part-time job at night? (夜にそんなアルバイトをしているなんて、あなたは根っからの仕事好きなのですか)(英辞郎)
■
動詞driveを英和で引くと、車を運転するという意味の他に、「人をある状態・行為に駆り立てる」というのがあります。「自殺に追いやられる」(be driven to suicide)とか「破産に追い込まれる」(be driven into bankruptcy) 等々の例が挙げられ、通常受け身形で使われるとあります。いわゆる「被害」を意味する「受け身」ということでしょうが、Cambridgeにはto force someone or something into a particular state, often an unpleasant one (誰かがあるいは何かが特別な状況、しばしば不快な状況へ追いやられる) という説明があって、受け身に関する言及はありません。まあ、どちらでも使われるということなのでしょう。さて、forceを使って説明してありますから、人であれば、不快な状況に身をおかざるをえない、といった感じでしょう。なぜこのような意味合いを持つのかALTに訊ねたところ、carry something forward (前へ物を運ぶ) がdriveの意味だから、それがネガティブなニュアンスを持つとそのような意味で使われる、ということでした。driveというとすぐに車を連想してしまいますが、T型フォードが誕生してから百年ちょっとしか経っていません。その前は牛や馬を駆り立ててものを運んでいたわけです。そう考えると、この意味のdriveは「牛・馬」のごとく人間を扱かうという風に捉えればいいのではないかと思えてきます。There was a record high of more than 70 million people forcibly displaced in 2018. Most of that was driven by persecution, conflict or violence. (2018年、記録的な多さとなる70000万人超が移住を余儀なくされた。その大半が迫害、紛争、暴力によって引き起こされたものだ) 「迫害、紛争、暴力」といった非人間的な扱いを受けたために祖国を捨てざるをえなかったわけです。ところで、driveには自発的、積極的、組織的に物事を進めるといった意味もあります。たとえばa fund-raising drive (募金運動) とかa charity drive (慈善運動)とか a drive to conserve nature (自然保護運動)などのように、運動を推進するといった場合にも使われます。この場合も人々を駆り立てているわけですが、ポジティブです。このdriveという語にもプラスとマイナスが同居しています。
■
日本語では「タッチパネル」とい言いますが、英語ではsensitiveを加えてtouch sensitive panelと言っているようです。外国人に訊ねてみたら、ちょっと触れただけで反応することからsensitiveが使われているのだということでした。現在、touch sensitive panelとかtouch-sensitive screen ――どちらも日本語ではタッチパネルと呼んでいるようですが、「スクリーン」が使われないのは、映画なんかの巨大なスクリーンをイメージするからかもしれません―― などIT機器には欠かせないものになっています。The iPhone has been stirring up conversations among tech enthusiasts, with its full-blown music and video player, new voice mail system, and touch-sensitive screen. (iPhoneはハイテク愛好家たちの間で話題になっている。高性能な音楽・ビデオプレーヤー、これまでにない音声メールシステム、そしてタッチセンサー式のスクリーンがついているからだ)(CNN) それにしても、PCの操作にはなかなかついていけません。You can't teach an old dog new tricks. ということわざがありますが、若い頃は機器の操作を間違えたりしたときなどに、ちょっと自嘲気味に使っていました。しかし今ではまったくそうだなあとひしひし身に染みる"生きた"ことわざになっています。
■
lose one’s shirt 「すってんてんになる」とう訳を載せている辞書があって、あらためて日本語の面白さに気づかされました。英英にはgo brokeとかlose a lot of moneyなどの説明が載っています。直訳すれば「自分のシャツを失う」ということですが、どうしてそれがgo broke (無一文になる) といった意味になるのかALTに訊ねてみたところ、たとえばポーカーのような賭け事をしていて、賭けるお金がなくなったときに自分のシャツを差し出したからだろう、ということでした。日本語では「すってんてん」とか「すっからかん」とか言いますが、いずれも「す」が付きます。調べてみると「す」は「素」なんだそうで、何も着ていない様などに「すっぽんぽん」と言ったりするときの「す」とおなじだそうです。そこで、lose one’s underwearなんていう言い方はしないのかと訊ねたところ、shirtの次はunderwearしかないでしょうね、と言って笑っていました。He started investing in real estate but ended up losing his own shirt. (彼は不動産投資を始めたが、結局大損をしてしまった)