forgo :「楽しみなどを控える、慎む」 ここでのfor-はforbid (禁止する) のforだそうです。「行くのを禁止する」から「控える」となったようです。I’ll forgo that.(私もそれを控えよう)before goと考えても面白いかもしれません。「行くまえに」→「する前に」から「しない」「控える」となったんじゃないか……。goの部分にアクセントが来ます。自分の楽しみとか、欲望とかを犠牲にするニュアンスがあるそうです。I’ll forgo a midnight meal today. I’m trying to lose weight.  (今日は夜食を控えるよ。体重を減らしてみるんだ) この場合、夜食を食べるのが楽しみだったわけです。 I should forgo the pleasure of going on a date with you in Shibuya this week.  (今週渋谷でデートするのは控えたほうがよさそうだ) 

curtail :「切り詰める」簡単にいえばreduce (減らす) の感じです。語源的にはcutと関係があるようですし、tailor (仕立屋)とも関係があるようです。服を作るには、布を切るわけですから、そこから「切り詰める」といったニュアンスに発展したのでしょう。おそらく。わたくしはいま生まれてはじめてパンデミックというものを体験しているわけですが、この不気味なウイルスが嬰児や幼児までも餌食にするようになったと知って、これはまさにウイルスとの戦争だと痛感しました。Those patients  have been unable to have access to medical services or their movement has been curtailed. (それらの患者たちは医療サービスを利用することもできないし、移動も制限されている) 

live withには「一緒に暮らす。同棲する」という意味の他に「我慢する」という意味があります。to accept a difficult or unpleasant situationとCambridgeにはありますから、「困難なことや、嫌なことなどを受け入れる」というニュアンスがあるようです。もうずいぶん昔の話になりますが、修学旅行の引率で広島のホテルに泊まったことがあります。そのとき、わたくしと教頭とALTが一緒の部屋に泊まることになりました。教頭は英語ができないので、わたくしを通訳代りにつけたのでしょう。当時ALTが修学旅行に付いて来るというのはきわめて珍しいことでした。何か予期せぬ事件に巻き込まれでもしたら、国際問題になりかねない、そんなことにでもなったら大変だと思って、たいていの校長は渋ったのです。己の保身だけを考える器の小さい人間を組織の頭に持つと、ちょうちん持ちみたいな二枚舌の連中が必ず現れ出て、職場の雰囲気を不快なものにしがちです。その年度の校長も自分のことにしか関心のない校長でしたので、ALTを同行させる修学旅行は危険だと察知して、身代わりにちょうちん持ちの教頭を責任者として派遣したのでしょう。たぶん。しかし、そんな管理職の懸念や気がかりや思惑など一笑に付すだけのリベラリズムと懐の深さが、その当時の大宮高校の先生方にはありました。そういう立派な先生方とご一緒できたことは、今にして思えば、とても幸せなことでした。さて、私たち三人に割り振られた部屋は広々とした和室で、私もALTもゆったりと長旅の疲れを癒すことができると喜んだものです。夕食を食べ、温泉に入り、消灯の時間がきて、生徒の部屋を巡回して深夜の1時ちかくに部屋に戻ったとき、一瞬部屋を間違えたと思いました。というのも、擦れた悲鳴のような声が広い部屋に充満していたからです。妖怪が侵入してきたのではないかと本気で怪しんだものです。部屋の明りをおそるおそる点けると、なんとその奇妙な声の正体は、修学旅行の最高責任者である教頭の鼾だというのがわかってやれやれと胸をなでおろしたのですが、その鼾たるやおよそこの世のものとは思えない珍妙で不気味な音でした。わたくしとALTがその夜一睡もできなかったのは言うまでもありません。わたくしはロビーに毛布を持ち込んでソファで寝ようと試みましたが、教頭の鼾は人間の脳に強烈なダメージを与える電磁波を発するようで、部屋の壁を易々と突き抜けてわたくしの神経を痛めつけるのです。ALTはトイレに毛布を持ち込んで便座の上で丸くなって震えながら耐えていました。そのとき彼が口にしたフレイズがI've got to live with this.でした。いやなことを我慢する意味のlive withを知ったのはこのときです。誰しもずっと一緒に顔を突き合わせて暮らしているとちょっとしたことで嫌になったりするものです。たとえば、いびきや歯ぎしりをする人と一緒に暮らすはめになるかもしれないわけですから。そんなことに耐えてともに暮らすことからput up with ~と同じような意味で用いられるようになったのかもしれません。 We will have to, so to speak, keep a low profile and live with this kind of uncontrollable virus. (わたしたちはいわば身を潜めて、この手に負えないウイルスに耐えていかなければならないだろう) 

everyday & every day   everydayは形容詞で「毎日の」。every dayは副詞で「毎日」という意味です。高校入試の英作文の採点をやっていて、毎回everyとdayがくっついているか離れているか気になったものです。個人的には大した問題ではないと思いつつも入試の採点は公平でなければなりませんから、かなり神経を尖らせていました。Going to a spa relieves the stress of everyday life. (温泉に行くことで、日常生活のストレスが和らぐ)  I used to go to spa every day.(私は毎日温泉に行ったものです) spaと温泉はちょっと違いますが、水着で入るのがspaで、素っ裸で入るのが温泉と考えればいいかもしれません。もっとも素っ裸でスパに入る人もいますが。These tragedies don’t happen every day. (これらの事故は毎日起こるわけではありません) 私は、このところ毎日のようにマスクを求めて近くのコンビニの前に並んでいます。 I have to wait in line in front of the convenience store near my house for a facemask every day. 先日もわたくしと同年代の男性と並んでいましたが、その方は花粉症に苦しんでいるそうで、マスクがないと困ると話していました。panic buyingに走るというのは、この世で確かな存在は自分しかいないと思える(思ってしまう)からでしょうか。それとも、自分だけ生きていければいいと思うからでしょうか。さらに、買い占めたマスクをすずしい顔をして高値で売りつけるという暴挙に出たやからは、ソール・ベロー風にいうならば、less than human (人間以下) の極みですね。

dawn on ~「物事がわかり出す」「考えや感情が芽生え出す」dawnは夜が明けて次第に明るくなってくる意味から、dawn on~となって物事が次第にはっきりしてくるというニュアンスがあるそうです。形式主語Itと共に用いられることが多い気がします。前置詞onは「対象」を示し、「~に対して」「~に向って」といった意味で捉えればいいでしょう。Eventually it dawned on me that we were walking in the wrong direction. (結局、ぼくたちは違う方角へ歩いていることに気づきはじめた)(日大) It finally dawned on us that we were all in danger. (私たちははやっとみんな危険な状態にあることに気づき始めた)

be confronted with ~「~に直面する」confrontは何かの正面に(front)立つというのが原義。そこから「向かい合う」「直面する」といった意味に発展したと思われます。She was confronted with many difficulties. (彼は多くの困難に直面した) 同じ意味を持つbe faced with という成句はどちらかというと悪い影響を与えるものに直面する場合に用いられるようです。今まさに、Large parts of the world are faced with the threat of coronavirus. (世界の大部分がコロナウイルスの危機に直面しています) 前置詞withはfight withのwithで、立ち向かって処理しなければならない、といった積極性を表すときに出てくるwithでしょう。40億年前に出現したウイルスは人間の体内という彼らにとってもっとも快適な環境に住みつくことで今日まで生き延びてきたといっても過言ではないでしょう。人間はこの見えない天敵とずっと闘ってきたわけですが、わたしたちのいったいどこに魅力を感じてしまったのでしょうか。 

atrocious :「極悪非道な」名詞形はatrocity (残虐行為。極悪非道)です。-ousは「持っている」とか「多い」とか「関係している」といった意味を示す形容詞語尾ですから、atrocityを持っている、あるいはatrocityと関係の深い、という意味で捉えればいいでしょう。語源的には「火」を表すaterに辿り着くそうです。そのaterはゾロアスター教アフラ・マズダー(善と光明の神)と関係があるそうで、インドの阿修羅ともかかわりがあるとのこと。日本語では仏教の影響を受けて、争いのたえない世界を修羅といったりして、「修羅場をくぐる」という言い方は人口に膾炙していますが、意味的には光と善の神アフラ・マズダーとはかなり乖離しています。まあ、それだけ古代の人々の間で宗教的解釈を巡って紆余曲折あったということでしょう。ちなみに、日本の自動車会社マツダの海外向けの社名はMAZDAですが、これはアフラ・マズダーと関係があるそうです。その背景にどのような意図があったのかは知らないのですが、MATUDAではなくMAZDAとしたところに、創設者のことばに関する鋭さと会社の意気込みのようなものを感じます。 That factory has atrocious working conditions. (あの工場は労働環境が劣悪だ) Many atrocious abuses happened in that nursing home.  (あの老人ホームで悪質な虐待事件が多発した) His handwriting is atrocious. (彼の字はひどい)日常語としてはこのようにvery badの意味でつかわれることもあります。