kindは「親切な」という意味ですから、おおむね人が主語に来ます。たとえば、Aki is really kind, so we like her very much. (アキはとても優しいから、みんな彼女のことが大好きだ) といった具合に。ところが、主語が物事の場合があります。2017年7月号のCNNにクリスティアーノ・ロナウド銅像に関する記事で、The reviews of the sculpture haven’t been very kind. (この銅像の評判はあまり芳しくない)というのがありました。これを、英文通りreviews (批評)を主語にして「批評が優しくない」と捉えると何だか変です。この場合、銅像の鼻がロナウドより大きすぎるとか、目が小さすぎるとか、あれこれ不満をいう人がいるわけで、そういう人たちは、つまり銅像に対してkindではないわけです。ですから、kindはやはり主語はあくまで人であって、物事が主語になっていても、その物事に対して好意的にあるいは批判的に述べる人が、いわば隠れた主語としてその背景にいると捉えればいいのではないかと思います。