「ある意味では現在しか存在しない。過去は過ぎ去り、未来はまだない。ある意味では、しかし、現在は存在しない。現在はただちに過ぎ去り、気づいたときにはもはやない。反省によってのみ、主体は存在するのである」と言ったのは確かレヴイナスだったと思います。反省ばかりするのもどうかと思うけれど、本当に心から反省することによってのみ、主体的にひとは行動することができるというのでしょう。日本は恥の文化、西洋は罪の文化、などと言われることがありますが、不祥事を起こした有名人とかお偉いさんたちが「申し訳ありません」と深々とときには力づよく頭を下げる光景を目にするたびに、白けてしまうことがあります。反省を形で表そうとしているのでしょうが、反省は行動でしか表せないからです。さて、英語にも「恥ずかしくて頭をうなだれる」といった意味で使われる成句があります。hang one’s headなんかがそうです。そのhang your headをCambridgeでひくとto be ashamed or unhappyとあります。羞恥と不満足が同居している感がありますが、hangを使うところが英語らしいという気がします。頭をうなだれるというよりもガクッと首が下がる。つまり首に縄を掛けられて処刑されたときの様子からhangを使うのだろうと勝手に解釈していますが、絞首刑にされるほどに意気消沈しているといったニュアンスがあるのでしょう。知り合いのイギリス人に訊ねたら、まず普通には使わないとのこと。やはり、ポジティブ思考の彼らにはあまり馴染みのない表現なのでしょう。He knew he'd done something wrong and hung his head in shame. (彼は自分が何かわるいことをしたと分かって、恥ずかしくて頭を垂れた) (Cambridge) We played a great game – we have no reason to hang our heads. (素晴らしいゲームだったじゃないか。ぼくたちが頭をうなだれる理由は何もないよ) (Cambridge)