Catherine・Anne・Porterの"Mgic"を訳してみました。

ーー育児と仕事で忙しくしている娘の目にとまるといいのですが

『魔力』

 奥様、わたくし、とても幸せですの。なんといっても、ここはとても静かで平和ですもの。わたくし本当に感謝してますのよ。こんなところで奥様や奥様のご家族の方々と一緒に暮らすことができるなんて、まるで夢を見てるようですわ。実を云うと、こちらで雇っていただく前は、わたくし、売春宿で長いこと働いていたんです。売春宿といっても、奥様はそれがどんなところか想像さえできないと思いますけど……。もっとも、だれだって一度や二度は耳にしたことはあるでしょうが……。ええ、奥様、当時は、仕事がもらえるところだったら、どんなところだろうと出かけて行って働かなければならなかったんです。ですから、あんなところでも、わたくし、一日中懸命に働きましたわ。おかげで、とても信じられないことを山ほど見てきましたけどね。それをひとつひとつ奥様にお話ししようなんて気はございませんけど、ただひとつ、こうして奥様の髪を梳かしてさしあげている間に、ある話をして、気持ちを寛がせてあげられたらと思いましてね……。

 その売春宿にはとても若い娘がひとり勤めていました。かわいそうな娘でした。身体つきはほっそりと痩せていましたが、なぜか、客の男たちにはとても評判がよかったんです。そういうこともあって、売春宿の女主人とはうまっくいってなかったんです。二人は顔を突き合わせるといつも喧嘩ばかりしていました。女主人は欲深い女で、まあ、どこの経営者もそうなんでしょうが、その娘の伝票をいつも誤魔化していたんです。その店では、客をとった回数だけ真鍮の伝票札を受け取り、週末にまとめて女主人に渡すことになっていました。そしてわたしたちはその歩合を受け取ることになっていたのです。といっても、娼婦たちの取り分は僅かで、まあ、商売ってのは、そんなもんなんでしょうけど、女主人ときたら、その娘にかぎって、その娘に支払う歩合に見合う額の伝票札しか示さなかったんです。女主人はいつもしらをきっていましたが、もっとたくさんの伝票札を受け取っていたのは確かなんです。でも、いったん伝票を渡してしまうと、どうすることもできなかったのです。

「こんなところ出ていってやる」

 その娘はよくそう言って、女主人を口汚く罵ったりしました。そんなときには、頭をひどく殴られたものです。女主人はいつだって空き瓶で頭を殴りつけました。奥様、それが喧嘩のやり口なんですよ。それはもう大変な騒ぎでした。まったくひどいものでしたよ。そんなときは、その娘は、気も狂わんばかりに喚き出し、走って階下へ出て行ったものでした。それでも、女主人は娘の髪を掴んで引きづりまわし、額を壜で殴りつけたんです。

 その売春宿で働いていた女たちは、たいていが借金をかかえ込んでいましたね。みんな早くそこを逃げ出したくてたまらなかったのですが、借金の返済が済むまでは出たくても出られなかったんです。その上、女主人は警察とは馴れ合いで、逃げ出しても、すぐに警察に連行されるか、刑務所送りになるかだったんです。ええ、女たちは、警察かギャングまがいの連中に連れ戻されてきたものでしたよ。女主人はそんな胡散臭い連中もかかえ込んでいて、しかも、気前よく彼らに資金を提供していたんです。女たちは病気になって使いものにならなくなるまで、その宿に缶詰めにされていたってわけです。そして病気になると、冷たく追い払ってしまうんです。オハライバコってわけですよ。

「ちょっと力の入れすぎじゃない。毛がひっかかって痛いわよ」とブランチャード夫人が言った。束ねた髪を緩めると、夫人は「それで……」と先を促した。

 それで、ええ、それで、つまり、その娘は、心底あの女主人を憎んでいましたね。彼女は何度となくこう言ったものです。この宿じゃ、他の誰よりもこのニネッティ嬢が一番かせいでいるはずよって。毎週毎週、泣いたり喚いたりの大騒ぎでした。ある朝、その娘は、もうこんなところ出て行くわ、と言って、枕の下から四十ドルものお金を取り出すと、さあ、あんたの金よ、とっときなって、女主人にむかって啖呵をきったんです。

「まあ、どこで手にいれたんだい、そんな大金」

女主人は金切り声を上げ、客のだれかから騙し取っただと言わんばかりの口ぶりでしたわ。

「その汚い手を放して! 放さないとあんたの頭をぶち割ってやるわよ」その娘も負けてはいませんでした。

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