つまり、奥様、そのとき女主人はその娘の髪を掴んで放さなかったんです。女主人は膝で娘のわき腹を、つぎに恥部を蹴り上げ、さらに空瓶でもって顔を殴りつけたんですよ。たまらず、その娘は、ちょうどわたくしが掃除していたとき、部屋へ逃れてきたんです。わたくしは娘をベッドに寝かせましたが、彼女はわき腹を押さえたまま、ぐったりしています。顔や頭から血が滴り落ちて、シーツがみるみる真っ赤に染まってしまいました。この世の地獄を見ているようでしたよ。ベッドで休んでいるところへ、あの女主人が現れて、さあ、出て行きな、もう、おまえなんか用はないって言って、見つけ出した金をみんな巻き上げると、玄関のところまで引きずって行って、背中を足の裏で力まかせに蹴って突き倒したんです。娘は固い路面に強か身体を打ちつけ、そのまま逃げて行ってしまいましたが、身にまとっていたものといえば、薄い生地の下着だけでした。

 そんなことがあってから、ニネッティがいないのに気づき出した客から、「ニネッティはどうしたんだい?」と訊ねられると、女主人は当り障りのない返事を繰り返しては、その場を繕っていましたが、くる日もくる日もニネッティはどうしたんだと四六時中客たちに訊ねられるので、ニネッティをオハライバコにしてしまったのはまずかったと気づくはめになったんです。「ご心配なく、二三日でニネッティは戻ってまいりますから」と女主人は客たちに愛想笑いを浮かべたあとで、きまって舌打ちしていたものでしたよ。

 ところで、奥様、ここで話はちょっと妙なところへ飛んでしまうんですけど、その売春宿に黒人の料理人がいましてね。それが、わたくしとまったく同じフランス系の黒人女でしたが、魔法のようなものを使う人間たちと一緒に暮らしていたんです。それはそれは冷淡な女でして、何かにつけ、女主人をたすけていたんです。唯一の趣味といえば、娼婦たちの一部始終を観察することで、娼婦たち関するうわさを聞きつけては、女主人に告げ口していたんです。ですから、女主人は、その黒人女を信頼しきっていました。

「どこへ行っちまったんだろうね、あの小娘は?」女主人は、ある日、その黒人女を呼んで訊ねました。というのもニネッティはニューオリンズの街からすっかり姿を消して、行方がわからないままだったんです。頼みのおかかえ警官たちもニネッティの居場所を捜し出せず、女主人もお手上げ状態といったところでした。

「あたしゃ、ここニューオリンズの街だったら誰だろうと必ず捜し出せる呪いを知ってますがね。それは、黒人の女たちが、家族を捨てて姿をくらませた男どもを連れ戻すために使う呪いですがね。どうだね、ひとつ試してみるかね? その呪いをかけると、一週間とたたないうちに、バックレた男たちは舞い戻ってくるんだよ。男たちは、どうして舞い戻ってきたのか自分でもさっぱりわからねえって、口をそろえて言うんだけど、不思議なことに、もう二度と家族を捨てて家を出ようなんて気を起さなくなるんだ。連れ戻したい人間がたとえあんたの敵であっても、そいつが戻ってきたときには、あんたの従順な友人になってるって呪いさ。どうだね、試してみるかね?」

 それから、最後にその呪いはニューオリンズの街だけしか効き目がないので、川を越えてしまっては効力がない、ということを黒人女はつけ加えました。

 女主人は、さっそく黒人の料理人から言われたとおり、行方をくらませた娘のベッドの下から寝室用便器を取り出して水とミルクを入れると、部屋から出てきた遺物ーーたとえば、ブラシにこびりついた髪の毛、化粧用のパフについたパウダー、カーペットの端に落ちていた爪のかけらなどーーをその便器の中に入れ、水とミルクといっしょにかき混ぜたんです。そしてさらに血のついたシーツをその便器の中へ投げ込みました。その間、黒人の料理人は、何事か低い声で呪文のようなものを唱えていましたが、わたくしにはまったく意味が判りませんでした。しばらくして、その黒人女は女主人にむかって、命令口調で言いました。

「さあ、その中に唾を吐け!」

 女主人が便器の中へ唾を吐くと、黒人女はつづけてこう言いました。

「ニネッティはあんたの言うことならなんでもきく素直な娘になって戻ってくるであろう」

 ブランチャード夫人は、カチッと音を鳴らして、香水の蓋を閉めた。

「それから、どうなったの?」

 それから、ニネッティは七日目の夜に戻ってきました。病気にでもなったのか、体調がよくないようでしたが、戻ってこれて嬉しそうにしていましたね。

「やあ、お帰り、ニネッティ!」

客のひとりがニネッティに気づいて立ち上がったので、ニネッティも声をかけようとしたときでした。女主人がぴしゃりとこう言ったんです。

「おだまり、さあ、二階へあがって、服を着てくるんだよ」

ニネッティは、売春宿を出たときと同じ格好をしていたんです。そのとき、ニネッティはまるで従順な下女のような口調で、

「すぐに用意して降りてきます」と答えたんです。

その後、ニネッティはその売春宿で静かに暮らしていますよ。

                                おわり